滋賀教会令和2年次節分会おことばと解説【動画】

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    滋賀教会令和2年次節分会

    日時 令和2年2月2日(日)午前10:00〜

     

    後藤教会長九星についておことばと解説

    『庚(かのえ)子(ね)七赤金星(しちせき・きんせい)』

    動画約49分

    ほぼノーカットです。

     

     

     


    滋賀教会令和2年2月度朔日参りご命日式典

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      日時 令和2年2月1日(土)AM9:00〜

      ●機関誌「佼成」2月号会長先生ご法話

      ”生きがいをみつけよう”より

      確認とおことば

      滋賀教会 後藤教会長

      動画約3分40秒

      ご法話の朗読版を使わせて頂きました。

      今月のご法話朗読版はこちらから

       

      ●当日の板書

      ( ..)φメモメモ

       


      今月の掲示板

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        落ち葉が全て落ちて

        よくみると新芽が出始めています

        もうすぐ春の兆しが


        私達も節分を境に運気が変わり

        新しい新芽を出したい新鮮な心で

        もうすぐ来る春を迎えていきたいものです


        年をとり夫婦もいつか別れの日がきます

        今これもしてあげれば良かったと

        悔いを残したくありません

         

        バタバタの毎日の中で

        今主人のマッサージをほんの5分ですがしています

        これだけはしてあげる事ができたと

        後悔が少し減るでしょうか?、

        目の前の人が喜ぶ事をしてあげる事で

        ほんの少し満足な一日になる気がしてありがたく思う今日です

        滋賀教会文書布教部 M


        2月「会長先生ご法話」に寄せて

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           今月の会長先生のご法話は「生きがいをみつけよう」です。

           

          ○「お前も、死ぬぞ」

           二月は、涅槃会の月です。涅槃会は、釈尊ご入滅の日とされる二月十五日に、仏教徒がそのお徳をたたえ、仏の教えの学びを深める日ですが、(中略)多くの人にとって「死」は、恐ろしくて、避けてとおりたいものといえるでしょう。しかし、だからこそ釈尊は、「お前も、死ぬぞ」と、この世の実相を、身をもって語りかけてくださったと思うのです。

          ただ釈尊は、もちろんご自身の死をとおして、そのことだけを教えているわけではないと思います。生まれては死に、死んでは生まれ、という「いのち」の大きな流れのなかで、私たちが人としてこの世に生まれ、生きる意味をも教えているといえないでしょうか。つまり、ただ死ぬためだけに生まれてきた人は、一人もいないということです。 

          (佼成2月号より引用)

           

           「お前も、死ぬぞ」その活字だけをみたり、ストレートに言われると、とても強烈な印象で、恐いです。しかし、決して嘘でもありません。我々は必ず死にます。私は幼少の頃、腎臓病のひとつでネフローゼという当時難治性の病気で半年以上の入院をしていました。入院中、同年代の同部屋の子がある日居なくなり、後から聞かされましたが、亡くなられていました。私が退院してからも病院で知り合った子が亡くなっていた、と聞いたりもしました。まだ幼かった私は「死」についてよく分かっていませんでした。その後、学生・成人になってからも身内や知り合いの方が亡くなられるのを経験しましたが、「自分の死」については正直、深く考えませんでした。今年の正月、例年のごとく実家に家族が集まりましたが、最近では両親も80歳と高齢で、父は一昨年足を切断し、同時期に母も大腿骨を骨折して、なかなか自由の利かない生活となってきました。両親の今後の生活について私と私の兄夫婦で考えるようになりました。

           実家からの帰りの道中で、私の長男が「元気なうちにみんなでどこかに行かないといけないね」と言いました。私はおじいちゃん(私の父)の事と思い、「あの状態では、なかなか厳しいだろう」と言ったら、「お父さんの事やで、お父さんが元気なうちに僕(長男)と弟(次男)でどこか旅行でも行きたいね、と弟(次男)と話しをしていたんやで」と言われ、“ドキッ”としました。もちろん私の身体の事を思っていてくれることは嬉しく思い、感謝の気持ちでしたが、自分もいつまでも元気ではない、息子たちがそんな事を考える自分は歳になっているのだ、と考えさせられました。そしてそれ以上に、人は必ず死ぬ、また人はいつ死ぬかは誰にもわからない、という事を改めて気付かされました。百歳時代と言われる時代に、生んで頂いた両親に、そして「いのち」を頂いた事に感謝し、「死」について気付かせてくれた息子たちに感謝します。

           

          ○生きる意味とは

           身近な人や家族、あるいは自分が、病気をしたり、亡くなったりするのは、ほんとうにつらく、悲しいことです。ただ、そのつらさや悲しみやおそれを心底味わうと、真実を見る目が開かれます。それは、苦しみ、悲しみ、つらさそのものが、救いのいとぐちになるということです。

          そして、ここでいう「救い」というのは、たとえ人生のどん底であえいでいるときでも、そこに生きる意味や生きがいを見出し、前向きな力に変えていくことです。

          救いとか生きがいといっても、おおげさに考えることはありません。それを得るきっかけは、たとえば、夕飯の料理に最善を尽くすとか、あいさつを気持ちよくするなど、ささやかでも、あなたにしかできないことを喜びとして、それがまわりの人に喜ばれる、といったことです。それが、生きる意味や生きがいの核心ではないでしょうか。

          (佼成2月号より引用)

           

           自分が幼い時に入院していた時や息子たちが大きな病気で入院した時は本当につらく、悲しかったです。しかしその事があったから、「いのち」の大切さに気付き、「生かされている」という事に気付いたことも事実です。つらい事、悲しい事はこれからも体験し続ける事です。その中で救い、生きがいを持って生きていく事が大切であると気付かせて頂きました。

           今年の元旦に滋賀教会で作っている「開祖さまのおことば」を頂きました。いくつかある中で私が頂いたおことばは、「『人さまのこと、人さまのこと』と心をくばっていくと、自然に自分が幸せになっているのです。」というおことばでした。「人さまのこと」は自分ではしているつもりでした。私は壮年部のお役で、よく教会で資料などの作成をしています。これも人さまの為に、と思ってさせて頂いています。「心をくばって」と考えると、なかなか出来ていなかったと思います。例えば宿直の資料作りをとっても、当番表は作っても宿直に携わる方々への心くばりが出来ていただろうか。当番表を作ったら終わりでした。わかりやすい当番表だったか、宿直に入られた方がどうだったか、など後の行動が出来ていなかったと思います。心くばりが出来て、人さまのためになる、と感じました。

          また心をくばるには、相手の方と触れてその方の思いを聞かせて頂かないといけないと、気付かせて頂きました。これからは家族や周りの方々に喜んで頂けるような、心をくばっていけるような行動を起こしていきたいと思いました。

          そしてその行動を起こすことで幸せを感じとれる自分になりたいと思いました。

                                         合掌

                               滋賀教会 日野支部 N.S

           

          (会長先生ご法話 佼成2月号より引用)

          当月の会長先生のご法話はこちらからご覧いただけます。


          【滋賀教会】令和2年2月度行事予定

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             1日(土) 朔日参り(布薩の日)

             

             2日(日) 節分会

             

             4日(火) 開祖さまご命日

                   つながるデー

             

            10日(月) 脇祖さまご命日

             

            15日(土) 涅槃会/釈迦牟尼仏ご命日

                   三者手取り

             

            22日(土) 10歳式

             

            詳しくは教会スタッフまでお尋ねください

             合掌

             


            滋賀教会令和二年次ご親教 ご法話確認とお言葉

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              日時 令和2年1月7日(火)

              ●機関誌「佼成」1月号会長先生ご法話

              ”ほんとうの自分に帰る”より

              確認とおことば

              滋賀教会 後藤教会長

              動画約5分30秒

              ●当日の板書

              ( ..)φメモメモ

               

               

               


              滋賀教会令和二年元旦参り式典

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                日時 令和2年1月1日(日)AM6:00〜

                年頭のごあいさつとおことば

                滋賀教会 後藤教会長

                動画約3分30秒

                ●当日の板書

                ( ..)φメモメモ

                 

                 

                 

                 


                今月の掲示板

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                  令和2年新しい年に入りました 。

                  覚束なかった年号も今ではしっかり定着しました。

                  今年はどんな年になるか 、

                  どう目標を持つか考える時期でもあります 。

                  しかしその前に 、私は新年を迎えられた事への感謝 、家族がそばにいてくれる事への感謝 、数えきれない支えの中で新年を迎えられた事にまず感謝したいと思います。

                  それから、今年は支えてくださった方にどうお返しできるか、 考えた時自分はまだまだ人様のお役に立てる事に気づきました。

                  少しでも回りの方が笑顔になれるように、ふれあいを持って文書部員頑張ります 。

                  今年もよろしくお願いします 。

                  文書部員一同


                  新年のご挨拶

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                    皆さま、明けましておめでとうございます。

                     

                    昨年は滋賀教会発足55周年という節目の機会を、新しい方や久しぶりの方を含め多くの皆様と迎えることができました。

                    誠にありがとうございます。

                     

                    今年は会長先生から次のような信行方針を頂戴しました。

                     

                    天地自然は、一瞬もとどまることなく、創造、変化を繰り返しています。私たちもまた、天地の道理の如く、停滞することなく、何事に対しても、日々新たな気持ちで取り組んでいくことが大切であります。

                    今年、本会は創立八十二周年を迎えました。その今日に及ぶ歴ふ史の礎(いしずえ)は、開祖さま、脇祖さまをはじめ、先輩の幹部の皆様、信者さんの寝食を惜しまぬご尽力によって築かれてきたものです。

                    私たちは今後、教団創立百年に向けて、一人ひとりが、「即是道場(そくぜどうじょう)」(この処は即ち是れ道場なり)の精神をもって、そのご恩に報いてまいりたいと思います。

                     

                    年頭法話『尋常(じんじょう)(つね日ごろをたずねる)』の中で、会長先生はこの信行方針に触れ、「即是道場」について次のように教えてくださっております。

                     

                    「道場」というと、私たちはまず大聖堂や教会、地域道場などを思い浮かべます。しかし、「即是道場」とは、自分が居る所、住んでいる所、身を置く所、すべてが道場であるということです。

                    日々の生活の中では、本当にいろいろなことが起こります。(中略)

                    相性の悪い人に出会ったり、冷たい言葉、厳しい言葉を投げかけられたり、無視されたりして、悲しく、つらい思いをすることもあるでしょう。

                    しかし人間は、不自由であったり、不都合であったりするからこそ、それを何とか乗りこえていこうという気持ちを起こします。何一つ試練がなかったとしたら、おそらく人間は向上できないと思います。

                    ですから、困難に出遭った時には、「人間として成長するきっかけを頂いた」「ここが踏ん張りどころだ」という受け取り方をして、目の前のことに最善を尽くしていく―それが「即是道場」の精神であります。

                    とりわけ在家仏教徒にとっては、日常生活のあらゆることが修行です。何か特別なことをするのではなく、人と会って話をすること、仕事をすること、学校生活を送ること、料理や掃除をすること……。その一つひとつのことに、手を抜かず、丁寧に、心を込めて取り組んでいくことで、良い習慣が身につき、自ずと身心が調うのです。

                     

                    この「即是道場」の精神を大切に、この一年を真に豊かにしていくための根本姿勢を示してくださったのが、佼成1月号の会長法話『ほんとうの自分に帰る』であると思います。

                     

                     

                     

                    『ほんとうの自分に帰る』

                     

                    ○一年をどうすごすか

                    この一年を真に豊かなものにするのは、ほかでもない、私たち自身です。日々に出会う人やものごとは、すべて、自分が因となり、縁となって生じているものです。さらにいえば、遠い世界のできごとさえも、自分と無縁のことは一つもないと受けとめれば、どのような一年にするかは、すべて自分にかかっているといえるのです。

                    それはまた、一年をかけて自分をどのように成長、進化させていくかということでもあるでしょう。

                     

                    この一年、一カ月、今日一日を真に豊かなものにするのは私自身と教えていただいたのですが、私はこのことを深める年末をすごしました。

                    私は滋賀に赴任してはじめてインフルエンザに感染してしまい、年末にアパートで数日寝込んでしまいました。

                    24日の朝に咳が出はじめ、午後には体全体が重くなり微熱も出てきたのです。25日の夕方には東京に帰る予定だったので早めに病院に行き、念のためインフルエンザの検査も受けましたが、陰性反応でした。薬をいただき、ホッとしながらすぐに横になりました。

                    しかし、次の日には熱が38度台に上がってきたため、壮年部長さんにお願いをして病院に連れて行ってもらいました。再検査をするとインフルエンザA型と診断されました。

                    自分の中で立てていた予定は崩れてしまい、熱でボーっとする頭で「何で?何が?どうして?」「自分は何をしているのだろう?」とぐるぐると考えていました。東京の家族の所に帰れなくなり残念な思いと、家庭修養日に入るこの時期で良かったという思いが交差しました。

                     

                    時間が経ち見方を変えると、年末の忙しい時にインフルエンザを通してゆっくりと体を休め、自分を振り返る時間をいただいたのだと思えてきました。ご法話の中にあるように、一年をかけて自分をどのように成長、進化させていくかを考える時間をいただいたのだと思うと、なんて贅沢な時間なのかと思いました。マイナスに思うようなことが自分を豊かにするための機会と思えることが、年頭法話にあった「即是道場」の精神であると思いました。

                    それでは、この一年を真に豊かに、成長、進化させていくかを考えるうえで、釈尊の実子、羅睺羅(らごら)のお姿から何を大切にしていけばいいのでしょうか。

                     

                     

                    ○素直に、謙虚に

                     「密行第一」が、羅睺羅に対する尊称です。しかし、そう称えられたのは、舎利弗をはじめとする先輩たちの指導や助言を素直に聞き、謙虚になって、人が見ていないときでもひたすら教えを学び実践しつづけたからだと、私は思います。釈尊の長男として生まれ、世俗にあったときには、父である釈尊に「王宮の財産を私にください」と語った羅睺羅が、出家して法を継ぐことが人生の大事だとわかったときから、身を慎み、つねに「素直であろう」「謙虚であろう」と心して、ただただ静かに精進を重ねる姿勢が、「密行」、つまり羅睺羅の努力だったと思うのです。

                     そこには、財を貪(むさぼ)る心も、自分の境遇を恨(うら)む思いも、釈尊の肉親であることを驕(おご)る気持ちもありません。「密行」を重ねるなかで、羅睺羅はすべての人が生まれながらに授かっている仏性の有り難さにめざめ、貪(とん)・瞋(じん)・痴(ち)などの煩悩を離れた、「ほんとうの自分」に帰ったということです。

                     

                     年末にインフルエンザで休んでいる中で、佼成ご法話に照らして「仏法僧の三宝に対して、自分は素直であっただろうか。謙虚であっただろうか」と自問自答しました。すると見えてきたのは、私自身の心のあり様でした。

                    形は一人ひとりの心に寄り添っているようで、自分の思い通りにしたい心があることが浮かんできたのです。知らず知らずのうちに、心に溜まっていた貪瞋痴のホコリに気づくことができたのです。たとえれば、整理棚の表面はいつもきれいにふいているが、大掃除の時に、棚をずらしてみたら陰にはホコリがたまっていたようなものです。

                    この年末にインフルエンザを通して、自分の心の大掃除をさせていただいたのだと思います。とても清々しい気持ちになりました。

                     

                    心機一転、私は新年を迎えるにあたって、佼成ご法話をもとに次の言葉を考えました。この一年、朝夕のご供養の後に次の言葉を唱和して、自分の居る場所で、一つひとつを丁寧に、目の前の人に喜んでもらえるように真心込めて、一所懸命に精進していきたいと思います。

                     

                    ○宇宙の大生命である久遠の本仏に生かされていることに素直に感謝し、謙虚に生きよう。

                     

                    ○不滅の真理を説かれた仏さまの教えを謙虚に学び、素直に実践しよう。

                     

                    ○同じ信仰の仲間であるサンガを素直に信じ、謙虚に自分を磨こう。

                     

                    ○自分と相手の仏性を素直に拝み、謙虚に仏性のはたらきを発揮しよう。

                     

                    また、人材育成(人を植える)ということに全力を注ぎ、創造的な歩みができるように工夫を凝らし、「一人が一人を導く」ことに取り組んでいくことを通して、身近なところから菩薩の働きができるチャレンジャーになりたいと思います。

                    さらに、滋賀教会の皆さまと共に、救いを求めるすべての人にとって、いつでも心安らぐ「正定聚」(みんなが「仏さまのようになりたい」と決意した仲間)となるように、心を合わせ精進していきたいと思います。

                     

                    今年一年どうぞよろしくお願い申し上げます。

                     

                    滋賀教会長         合掌

                     

                    当月の会長先生のご法話はこちらからご覧いただけます。


                    滋賀教会令和元年12月度朔日参りご命日式典

                    0

                      日時 令和元年12月1日(日)AM9:00〜

                      ●機関誌「佼成」12月号会長先生ご法話

                      ”弁を尽くす”より

                      確認とおことば

                      滋賀教会 後藤教会長

                      動画約3分00秒

                      滋賀教会初の試みでご法話の朗読版を使わせて頂きました。

                      今月のご法話朗読版はこちらから

                      ●当日の板書

                      ( ..)φメモメモ



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