8月 会長先生のご法話に寄せて

0

    今年は梅雨が長く雨の災害も多くあり、又、コロナ禍も一時収束しておりましたが、最近は感染の拡大もみられ不安な日々を送っています。

     

    皆さまはいかがお過ごしでしょうか?

     

    今月の会長先生のご法話は「むだなものはない」です。

     

    拝読させて頂き、私は大好きな如来寿量品第十六の一句、

     〜諸(もろもろ)の言説(ごんぜつ)する所は皆(みな)(じつ)にして虚(むな)しからず〜 

    を思い出しました。

    仏さまのお説きになることはすべて真実であって嘘いつわりなく、ひとつとしてムダなこともないのです。

    慈父であられる仏さまはいついかなる時も私達のすぐそばにいて下さり、私達の幸せのみを願って、救いの手をさしのべて下さるあたたかいお姿が思い出され、胸が熱くなります。

     

     

    また、会長先生は「仏に帰る」ための精進の中で

    「仏になるというのは、『悟りを得る』ことを指すのかもしれませんが、その意味でいえば、私たちはすでに悟っていると教えられてあります。ですから、仏になるために修行を、工夫をするというよりも、悟ったあとの精進をしている、それがいまの私たちの日常生活といえるかもしれません」と。

    では、なぜ精進をつづけるのかといえば、私たちがときどき自分の本質を忘れてしまうからです。悟っている「ほんとうの自分」に帰るための精進、それが日常の信仰生活なのです。

     

     

    次の章の「自分のことのように」の中で、

    ところで「如来寿量品」には、「如来の演ぶる所の経典は 皆衆生を度脱せんが為なり」(仏の教えはすべて、人びとを迷いの世界から救うためのものです)とあります。

    度脱とか迷いの世界から救うというと難しい印象ですが、要するに、いつでも心から、幸せだ、うれしい、楽しい、といえる人間になるということです。そして私たちは、自分の本質を忘れなければ、その幸せを実感できるのです。

    と教えて頂きます。

     

     

    私達は今、コロナ禍にあって、今までのような自由が奪われ、厳しい制約をうけて日常生活を送ることとなり、それまで普通に当たり前に出来ていたことが、ことごとく困難となり、我慢を強いられています。

    私は、人さまと触れること、コミュニケーションをとることがとても苦手な性格で、初めの頃は少し“ホッ”とする気持ちもあって、人さまと会えないことも不自由を感じずに、日々何気なく過ごしていました。

    しかし、毎日テレビから流れてくるコロナ感染の痛ましいニュースを見聞きしているうちに気持ちがざわついてきて

    「一人住まいのAさんは大丈夫だろうか?」

    Bさんはどう過ごされているだろうか?」

    とたまらなく愛しさを感じ、すぐにお電話をかけさせて頂き、日頃の不安な思いをじっくりと聞かせて頂くことができました。

     

    マスクがなかなか買えず困っている状況を聞き、手紙を添えて手作りマスクを届けると「毎日の不安な気持ちはいっぱいあるが、皆さんに親切にしてもらって涙が出るほど嬉しい」ととても喜んで下さいました。

    私は時に、自分のことにとらわれて不平不満の心で過ごしていましたが、皆さまのお陰さまでほんの少しでも人さまを慈しみ優しい気持ちが持てたことに感謝でいっぱいになりました。

     

     

    会長先生は、

    仏はさまざまなかたちで、あるいはものごとをとおして、私たちが迷いの世界から離れるヒントを与えてくれています。万憶の方便と経文にあるように、聖人や賢人の教えだけでなく、いいことも悪いことも含めたこの世のあらゆるできごとが、「ほんとうの自分」に帰って幸せを味わうためのヒント、縁になるということです。

    と教えて下さっています。

     

     

     先日、私は友人に連絡をとりたいと思い、メールやラインを送り、また手紙を書いてポストに入れ、電話をかけて、(あらゆる手を尽くしても)一向に返事がなく、そのうち気持ちがいら立ってきて、「こんなにしているのに何故連絡がないのだろう?」「嫌われているのだろうか?」とふと寂しい思いもわいてきて一人葛藤していました。

    しかし、友人の姿を通して我が身を振り返った時、私はある方に大変お世話になりながら長い間連絡もせずに不義理をしていたことに思い至りました。

    すると、その方と偶然にお出会いする機会があり、長い間のご無沙汰をお詫びし、お礼を申し上げることができ、即友人から丁寧な連絡が入りました。

     

    この体験を通して、「連絡が無い事が悪いことはダメなこと」と否定的に思わなくなり、囚われが無くなりました。友人のお陰さまで大事なことに気づかせてもらい、心が通い合い、すっきりと清々しい気持ちにならせて頂きました。

     

    最後に、私達が出会う全ての縁を

    自分のこととして受けとめ、学べば、この世にむだなものごとは何一つなく、その一つ一つが「ほんとうの自分」すなわち仏に帰る縁となるのです。

    と教えて頂きます。

     

    即是道場の教えを頂き、日常生活の身を置く場で、目の前の人に喜んでいただけますよう、思いやりの実践をさせて頂きます。             合掌

                      (近江八幡支部  K

     

     

    (太字は会長先生ご法話 佼成8月号より引用)

    当月の会長先生のご法話はこちらからご覧いただけます。



    calendar

    S M T W T F S
          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    3031     
    << August 2020 >>

    selected entries

    categories

    archives

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM