10月「会長先生ご法話」に寄せて

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    10月「会長先生ご法話」に寄せて

     

     彼岸花が咲き、通る人達に私はここにいますよと呼びかけている様に感じ、つい笑みが溢れます。

    8月の猛暑もいつの間にか過ぎ、朝夕めっきり涼しくなりました。先月のご法話、『人に「伝える」という事』を通して、相手とのご縁を大切にして、いつだれに対しても「学ぶ」姿勢を忘れない。

    つまり「ありがたい、うれしい、楽しい、と感じた純粋な気持ちを素直に伝えると教えて頂きました。」

    今月の会長法話は『「苦悩」と「苦労」』です。

     

    悩むことは大事

     

    たくさん悩んで苦労を重ねたことが、のちのちその人の大きな心の財産になっているというケースをよく見聞きします。今月四日に入寂会を迎える開祖さまは、子の病という苦悩が宗教とのご縁となり、その後、人生を大きく変える法華経との出会いがあったわけです。そう考えると、「悩むからこそ、いろいろな教えを求め、どう生きることが大切なのかを真剣に考える」といえそうです。     苦しみや悩みは貴重な経験として「ありがたいもの」だということも、いろいろ体験をして初めて「ああほんとうにそうだな」「苦があればこその楽なのだ」と受けとれるようになると思うのです。

    先日帰りが遅くなった事で、主人は不機嫌でした。怒っても当然だなぁ〜と思う心と、前から遅くなるって話してたのにと私の心は動きました。

    私はどこか自分を正当化する心が起きました。主人を責める心はありませんが、辛くなる自分がありました。

    しかしよく考えてみると、逆の立場になれば怒るのも無理はないと思え、わかっていても腹がたつんだろうなぁ〜と思えました。そういう心になると今までの自分の在り方を反省したり、日頃の当たり前のことに感謝が薄れている事にも気付き、ありがたい気持ちになりました。

    「大いなる苦労人」に

     釈尊は「一切皆苦」―この世のものごとはすべて苦であると教えてくださっています。開祖さまは、「この真実をしっかりと見つめ直し、それを腹の底に据え直すことが、何より大切」で、「そうすれば、苦境というものは、なにも特別なものではなく、人生にとって、ごく当たり前のことだということがわかってくる」

    「苦悩」と書くとき「悩」は「心を乱す、思いわずらう」という意味で、これは頭の中で問題が「停滞」し、堂々めぐりしている

    「苦労する」というときの「労」は、「つとめや仕事の疲れや骨折り」をさし、そこには問題を一歩前に進める「動き」があります。

    悩みや苦しみに直面したときには、体を使って「何かやってみるほうがいい」でしょう。そうすると「苦悩」が「苦労」に変わります。

     

    ここを拝読させて頂いたと時は、私は思い悩んで堂々めぐりをしていた事に気付きました。過去に執らわれている間は、苦悩で自分を見失うこともありました。

    昔の諺に苦労は買ってでも・・・とあります。

    沢山の体験で視野が広がり、相手の思う心も深まると思います。

    人様の為に労をいとわず動くことが「苦悩」を「苦労」に変える秘訣だと教えて頂きました。

    自分の事よりまず人様という心で、いつもはれやかにいられる自分になれる様、意識を持って、努力させて頂きます。

    合掌

    湖南支部 支部長

    (会長先生ご法話  佼成10月号より引用)

    *当月の会長先生のご法話はこちらからご覧いただけます。



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