4月「会長先生ご法話」に寄せて

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    4月「会長先生ご法話」に寄せて

     春の彼岸会も終わり、草木が芽を出して春の日ざしにほのぼのする季節になりました。
     

    今月の会長先生のご法話は
          「時間の浪費」
    です。

      【大調和のなかで】


     私たちは、たとえば一日じゅう寝転んで無為に時をすごすことを、時間のむだ遣いといったりします。わずかな時間も惜しんで何かに打ち込む。それが有意義な時間の使い方であり、時間の浪費は人生のむだに他ならない。    

     

    つい私も、目的があって、その目的のものなどがなかったりした時に「ムダ足だった」と軽く言葉に出していることや、なんかがっかりした自分があったりします。


    時間の浪費ということを天地自然に照らして考えると、時間そのものに縛られない、もっとゆったりとした大らかな視点がありそうです。

     

    「時間の浪費」ということばに大きな意味の取り違いをしていた所を改めて気付かせて頂いた様に思います。仏さまの世界からすると、天地自然に照らして考えることだと教えて下さる所に・・・

    私は日々の時間をふりかえる機会を頂きました。小さなことでも「有り難いな」と今日一日を「有難う」と自分に言っているような私であったかなあ、と思わせて頂きました。

     

    仏法の本質からすれば、人も物もすべての現象も、どれ一つとして、むだなものはないと見えてきます。


    私の目で観てしまうすべての現象は、自分の心がうれしかったり、いやになったりして、その繰り返しの様に「ムダにしている」ように思えて来ました。

     

     不思議を観じよう

     私たちはみな「この世に願って生まれてきた」と、法華経にあります。つまり、私たちは調和の世界の一員として、みんなが幸せに生きられるよう、その調和を保つために生まれ、かつ生かされているということです。人を傷つけるような言葉や態度、自分さえよければいいといった身勝手な行ないは、何よりもむだな時間の使い方といえないでしょうか。

     

    私が多くの人の幸せのために願って生まれて来ても、日々の生活の中で、どうしても思いどおりにいかないと人を責めたり、自分勝手な行動をしてしまい、周りを振り回していることもわからなくなります。

    不思議を観ることで、今目の前にしている物、動物、家族の中での自分存在をどう喜んで頂けるか‼又喜んで頂くには私はどうあるべきかを・・・・考えさせて頂きました。

     

    無常、さらには絶妙のバランスでこの世を成り立たせている天地自然の不思議を観じたならば、ともに調和を築く者として、お互いに尊重しあい、仲よく生きなさいというお諭しでしょう。

     

    会長先生より「時間の浪費」というテーマより、日常の自分を省みることと、今を生かされているからこそ一瞬一瞬を大事に有り難い、時間の観じかたに春の温もりと共に過ごしていきたいと思わせて頂きました。

                                  合掌
                               竜王支部 支部長

                     (会長先生ご法話  佼成4月号より引用)

     


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