滋賀教会令和2年8月度朔日参り(布薩の日)ご命日

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    滋賀教会令和2年8月度朔日参り(布薩の日)ご命日

     

    滋賀教会は新型コロナウイルス感染拡大防止対策として式典は執り行っていません。

    本映像は当日ライブ配信した映像です。

     

    ●機関誌「佼成」8月号会長先生ご法話

    ”むだなものはない”より

    拝読とかみしめ

    滋賀教会 後藤教会長

    動画約21分21秒

    ●当日の板書

    ( ..)φメモメモ


    8月 会長先生のご法話に寄せて

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      今年は梅雨が長く雨の災害も多くあり、又、コロナ禍も一時収束しておりましたが、最近は感染の拡大もみられ不安な日々を送っています。

       

      皆さまはいかがお過ごしでしょうか?

       

      今月の会長先生のご法話は「むだなものはない」です。

       

      拝読させて頂き、私は大好きな如来寿量品第十六の一句、

       〜諸(もろもろ)の言説(ごんぜつ)する所は皆(みな)(じつ)にして虚(むな)しからず〜 

      を思い出しました。

      仏さまのお説きになることはすべて真実であって嘘いつわりなく、ひとつとしてムダなこともないのです。

      慈父であられる仏さまはいついかなる時も私達のすぐそばにいて下さり、私達の幸せのみを願って、救いの手をさしのべて下さるあたたかいお姿が思い出され、胸が熱くなります。

       

       

      また、会長先生は「仏に帰る」ための精進の中で

      「仏になるというのは、『悟りを得る』ことを指すのかもしれませんが、その意味でいえば、私たちはすでに悟っていると教えられてあります。ですから、仏になるために修行を、工夫をするというよりも、悟ったあとの精進をしている、それがいまの私たちの日常生活といえるかもしれません」と。

      では、なぜ精進をつづけるのかといえば、私たちがときどき自分の本質を忘れてしまうからです。悟っている「ほんとうの自分」に帰るための精進、それが日常の信仰生活なのです。

       

       

      次の章の「自分のことのように」の中で、

      ところで「如来寿量品」には、「如来の演ぶる所の経典は 皆衆生を度脱せんが為なり」(仏の教えはすべて、人びとを迷いの世界から救うためのものです)とあります。

      度脱とか迷いの世界から救うというと難しい印象ですが、要するに、いつでも心から、幸せだ、うれしい、楽しい、といえる人間になるということです。そして私たちは、自分の本質を忘れなければ、その幸せを実感できるのです。

      と教えて頂きます。

       

       

      私達は今、コロナ禍にあって、今までのような自由が奪われ、厳しい制約をうけて日常生活を送ることとなり、それまで普通に当たり前に出来ていたことが、ことごとく困難となり、我慢を強いられています。

      私は、人さまと触れること、コミュニケーションをとることがとても苦手な性格で、初めの頃は少し“ホッ”とする気持ちもあって、人さまと会えないことも不自由を感じずに、日々何気なく過ごしていました。

      しかし、毎日テレビから流れてくるコロナ感染の痛ましいニュースを見聞きしているうちに気持ちがざわついてきて

      「一人住まいのAさんは大丈夫だろうか?」

      Bさんはどう過ごされているだろうか?」

      とたまらなく愛しさを感じ、すぐにお電話をかけさせて頂き、日頃の不安な思いをじっくりと聞かせて頂くことができました。

       

      マスクがなかなか買えず困っている状況を聞き、手紙を添えて手作りマスクを届けると「毎日の不安な気持ちはいっぱいあるが、皆さんに親切にしてもらって涙が出るほど嬉しい」ととても喜んで下さいました。

      私は時に、自分のことにとらわれて不平不満の心で過ごしていましたが、皆さまのお陰さまでほんの少しでも人さまを慈しみ優しい気持ちが持てたことに感謝でいっぱいになりました。

       

       

      会長先生は、

      仏はさまざまなかたちで、あるいはものごとをとおして、私たちが迷いの世界から離れるヒントを与えてくれています。万憶の方便と経文にあるように、聖人や賢人の教えだけでなく、いいことも悪いことも含めたこの世のあらゆるできごとが、「ほんとうの自分」に帰って幸せを味わうためのヒント、縁になるということです。

      と教えて下さっています。

       

       

       先日、私は友人に連絡をとりたいと思い、メールやラインを送り、また手紙を書いてポストに入れ、電話をかけて、(あらゆる手を尽くしても)一向に返事がなく、そのうち気持ちがいら立ってきて、「こんなにしているのに何故連絡がないのだろう?」「嫌われているのだろうか?」とふと寂しい思いもわいてきて一人葛藤していました。

      しかし、友人の姿を通して我が身を振り返った時、私はある方に大変お世話になりながら長い間連絡もせずに不義理をしていたことに思い至りました。

      すると、その方と偶然にお出会いする機会があり、長い間のご無沙汰をお詫びし、お礼を申し上げることができ、即友人から丁寧な連絡が入りました。

       

      この体験を通して、「連絡が無い事が悪いことはダメなこと」と否定的に思わなくなり、囚われが無くなりました。友人のお陰さまで大事なことに気づかせてもらい、心が通い合い、すっきりと清々しい気持ちにならせて頂きました。

       

      最後に、私達が出会う全ての縁を

      自分のこととして受けとめ、学べば、この世にむだなものごとは何一つなく、その一つ一つが「ほんとうの自分」すなわち仏に帰る縁となるのです。

      と教えて頂きます。

       

      即是道場の教えを頂き、日常生活の身を置く場で、目の前の人に喜んでいただけますよう、思いやりの実践をさせて頂きます。             合掌

                        (近江八幡支部  K

       

       

      (太字は会長先生ご法話 佼成8月号より引用)

      当月の会長先生のご法話はこちらからご覧いただけます。


      滋賀教会令和2年7月度釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

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        滋賀教会令和2年7月度釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

         

        日時 令和2年7月15日(水)

        (収録日 令和2年7月12日(日))

         

        滋賀教会では新型コロナウイルス感染拡大防止対策として式典は執り行わず、おことばのみ配信させて頂いております。

         

        ●後藤教会長おことば

        動画約12分21秒(オープニング含むノーカットです)

        ●当日の板書

        ( ..)φメモメモ


        滋賀教会令和2年7月度朔日参り(布薩の日)ご命日

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          滋賀教会令和2年7月度朔日参り(布薩の日)ご命日

           

          新型コロナウイルス感染拡大防止対策として式典は執り行わず、

          収録した動画を配信させて頂いております。

           

          ●機関誌「佼成」7月号会長先生ご法話

          ”いま、自分にできることを”より

          拝読とかみしめ

          滋賀教会 後藤教会長

          動画約16分44秒

          ●当日の板書

          ( ..)φメモメモ


          7月 会長先生のご法話に寄せて

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             早いもので7月になりました。
            今年は季節の移り変わりの感じ方が、例年と少し違うように思います。
            新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が、世界はひとつ、つながっていることを再確認する出来事になりました。

            7月の会長先生のご法話は「いま、自分にできることを」です。


            ○菩薩として何を願い、誓うか
             仏心とは「一切衆生を救うの心」と教えられていますから、私たちは、いま世界中に広がっている病気によって苦しむ人たちに心を寄せ、事態が早く終息に向かうことを願うばかりです。一人ひとりが、自分にできることは何かを考え、それを日々、粛々と実践していきたいと思います。

             (佼成7月号より引用)

             今回、私たちは目に見えない大きな不安と、生活の変化に直面しました。そのことがストレスになって、苦しみ悩んでいる方もいらっしゃると思います。
            相手の立場に立って、話しを聞かせていただき、相手に寄り添い、温かいふれあいをさせていただきたいと思います。


             それで思い起こされるのが、大地から忽然と涌き出て、この娑婆世界で仏の教えを弘め、実践をとおして「すべての人を救おう」と誓う無数の菩薩たちです。
             法華経の「従地涌出品」に登場するそれらの「地涌の菩薩」の代表が、上行、無辺行、浄行、安立行の四菩薩ですが、これは、仏道を歩むものが最初に「仏さまのようになりたい」と願ったとき、つまり菩提心を発したときに誓う「四弘誓願」を象徴的に示しているものと受けとめられます。

             (佼成7月号より引用)

             教学研修ではじめて「従地涌出品」を学ばせていただいたとき、講師さんが「地涌の菩薩は私たちのことですよ」と教えてくださいました。私は「私は違う...私にそんなパワーはない...」と思ったことを覚えています。
            でも様々な体験を通して、その体験が私を育ててくださり、他を思いやり、他に寄り添う心の糧となっていると思わせていただきました。


            ○いまが「習学」のチャンス
             「四弘誓願」を参考にして、自分にいま何ができるかを考える人は、いうまでもなく仏の教えを信じ、実践する志のある人ですが、それは仏と同じ心になっているということです。「そういわれても」と、気後れする人があるかもしれませんが、教えにふれて「仏さまのようになりたい」という気持ちを起こしたとき、私たちはすでに、仏の心と一つになっているのです。
             (佼成7月号より引用)

             今年の2月に母が大腿骨頸部骨折をして約2か月間入院しました。
            そして6月には父が脳梗塞で約3週間入院しました。
            おかげさまで二人とも退院させていただきましたが、様々な機能が低下しました。私は毎日の生活の中で、変化する両親の姿を受け入れられず、不安で辛くなりました。
            そして両親の介護を一人で担うことにプレッシャーとストレスも感じていました。
            地区主任さんが「いつでも何でも言ってね、手伝うからね」と言ってくださっても、以前と違う両親の姿を見られるのがイヤで、お願い出来ませんでした。
            でもあるとき、両親は私以上に身体と心の変化に不安を感じているだろう、両親に不安を与えないように出来る限り丁寧に接しようと思いました。
            丁寧に接していると、今の両親のありのままの姿を受け入れることが出来て、全面的に私に頼ってくる両親を「愛おしい」と感じるようになりました。そして、地区主任さんに素直に「助けてください...」とお願いさせていただけるようになりました。
            両親の介護を通して、執着がなくなると、相手のありのままの姿を見ることが出来て、受け入れることが出来ることに気づかせていただきました。


             私にも、本会の先輩や他宗教の方のなかに、「またお目にかかりたい」と思わせられる方がいますが、その方々に共通するのは、神仏などを尊び敬う心が強く、一方では苦しみや悲しみの底に沈む人を常に思いやる、情愛あふれるという点です。私たちも、そのような菩提心を発して、日々に精進をしてまいりましょう。
             (佼成7月号より引用)

             7月は「盂蘭盆会」の月です。
            いのちをつなげてくださったご先祖さまへの感謝をより深めさせていただきます。
            そして「従涌の菩薩」の自覚にたって出会いを大切に、目の前の一つ一つを丁寧に実践させていただきます。合掌
            大津支部 T.Y.

             

            (会長先生ご法話 佼成7月号より引用)

            当月の会長先生のご法話はこちらからご覧いただけます。


            滋賀教会令和2年6月度釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

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              滋賀教会令和2年6月度釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

               

              日時 令和2年6月15日(月)

              (収録日 令和2年6月13日(土))

               

              滋賀教会では新型コロナウイルス感染拡大防止対策として式典は執り行わず、おことばのみ配信させて頂いております。

               

              ●後藤教会長おことば

              動画約12分35秒(オープニング含むノーカットです)

              ●当日の板書

              ( ..)φメモメモ


              滋賀教会令和2年6月度朔日参りご命日

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                滋賀教会令和2年6月度朔日参りご命日

                 

                新型コロナウイルス感染拡大防止対策として式典は執り行わず、

                収録した動画を配信させて頂いております。

                 

                ●機関誌「佼成」6月号会長先生ご法話

                ”怠け心に負けない”より

                拝読とかみしめ

                滋賀教会 後藤教会長

                動画約15分55秒

                ●当日の板書

                ( ..)φメモメモ


                6月 会長先生のご法話に寄せて

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                  コロナウィルス感染拡大防止の為、外出できない日々を送っている間に桜は散り、木々は青葉の美しい季節へと変わっています。
                  早く皆さんにお出会いに行けるようにと願う毎日です。

                  今月の会長先生のご法話は「怠け心に負けない」です。

                  ○精進が大事と知りながら
                   昔の流行歌に「わかっちゃいるけど やめられねぇ」という一節がありました。おもしろおかしい表現ながら、私たちの心のはたらきをみごとにあらわしています。現に私たちは、ともすると、なすべきことを怠ったり、しないと決めたことを、ついしてしまったりします。
                  お互いさま、「わかっちゃいるけど・・・」と、反省することが少なくないのではないでしょうか。
                  〜 中略 〜
                  「嬾惰の意、及び懈怠の想いを除き 諸の憂悩を離れて 慈心をもって法を説け」とは、法華経の「安楽行品」の一節です。
                  だれもが抱く、サボりたいとか飽きたという気持ちを釈尊もよく理解されていたのでしょう、「心の内から湧いてくるさまざまな誘惑や迷いをふり払い、安らかな心で、みずから楽って、喜びのうちに精進できるように」と、釈尊は私たちにこの品を説いてくださったのだと思います。
                         (佼成6月号より引用)

                   昨年、支部長の大役を頂き、今年は布教中心に「たくさんの方とつながろう」と取り組もうとしていた矢先、コロナウィルスの影響で教会の活動が自粛され、その後、教会完全閉鎖というかつてない状況になりました。
                  早くも3ヶ月余り経とうとしています。

                   

                   それまでは、お役で毎日のように教会へ通っており、朝は主人や子どもたちより早く出かけることもしばしばありました。その為には前日より準備をし、時間に追われるように一日を過ごしていたのが、学校も休校となり、少しぐらい寝坊してもいいか、朝夕のご供養も、後からゆっくり・・と時間にルーズになったゆるんだ生活になってきておりました。
                  今回この会長先生ご法話の原稿の担当を頂き、びっくりしました。
                  今の私を見て会長先生が喝を入れてくださった!と。

                   

                  世の中では社会活動自粛の影響で生活に不安をかかえている方もおられる中、我が家は主人のお陰さまで、心配もなく生活させて頂いています。有難い教えを頂き、みずから楽って喜びで人さまにお伝えするという使命を果たせていないことを反省させて頂きました。

                  ○待っている人がいる
                   
                  〜 中略 〜
                   そう考えると、自分がなぜ信仰をしているのか、なんのために日々精進するのという、目標や目的をつかむことが、喜びのうちに精進する基本となるのでしょう。
                   しかし、それがわかっていてもなお、内心の誘惑に負けてしまうのが人間です。ただ迷うのも楽をしたいと思うのも自然なことで、ときには心の逃げ場も必要だと思います。そのとき、目的や目標を忘れなければいいのです。
                  〜 中略 〜
                  それはつまり、「自分を待っていてくれる人がいる」と思うとき、人は自己中心の思いから離れ、その人の役に立ちたいという願いが湧いてきて、精進の一つ一つが喜びや楽しみに変わるということでしょう。
                   日本だけでなく、世界がさまざまな困難に見舞われています。
                  慈心をもって法を説け」とありましたが、みなさんのまわりには、あなたを待っている人はいませんか。   (佼成6月号より引用)
                   先日の5月23日に近江八幡駅前にて献血が行われました。滋賀教会では青年部が青年の日の取り組みとして声かけをして、当日は、青年さんをはじめ、一般の方もたくさん来てくださいました。
                  いつもは比重が軽く献血できない私は、今回も無理かなと思いながらも青年部長さんの声かけに後押しされ、参加してみると25年ぶりに献血することができました。
                   人のためにできることがあるというのは本当にうれしくなります。健康を保つことも布施と教えて頂いていますので、次回もさせて頂けるよう体調管理の努力もさせて頂こうと思いました。
                  献血会場では、何人かの方と久しぶりにお会いして直接話しをすることができ、それも又元気を頂きました。元々私は、自分から積極的に声をかけていくのが苦手な性格です。その私がお役のお陰さまでたくさんの方たちとご縁を結ばせて頂き、人と触れ合いすることでたくさんの感動を頂き、生きがいのある人生を送らせて頂いております。
                  信者さんのどうしようもない辛い思いや苦しみに接し、何もできないと悩んでしまうこともあります。しかしその中でも何とかその方の為にできることはないかと念じさせて頂くことを有難く感じています。
                   今回の布教に出られない日々は、自分の内心の誘惑に負けて素のままが出ておりましたが、信仰の原点、なぜ自分は信仰をしているのか、自灯明、法灯明の教えにあるように法の如く、自らを律し自らが実践させて頂くことが大切と改めて考えさせて頂ける時間でした。
                  まだしばらく自粛の生活は続きますが、毎日の教会長さんのお言葉をしっかりと目標に持ち、これからも精進させて頂きます。
                    合掌       湖南支部 支部長

                   


                  (会長先生ご法話 佼成6月号より引用)

                  当月の会長先生のご法話はこちらからご覧いただけます


                  気づきのおすそ分け

                  0

                    今月の会長先生ご法話「悠々として心安らかに」を通じ素晴らしい体験と気づきが届きました。

                    ここでおすそ分けをさせて頂きます。

                    ---------------------------

                    ある日、職場の大事な書類をSさんに渡しました。何日かたってSさんの上司から書類誰に渡した?と聞かれました。Sさんにちゃんと渡しましたよと答えるとSさんは預かってないと言うのです。
                    びっくりしてSさんを訪ねると、覚えてないと答えました。
                    その事で発注が遅れご迷惑をおかけしたようですがどう考えても渡してます。
                    忙しいのに今渡しても大丈夫?と気を使って渡し はいはいと受け取ってくれたSさんに憤りをかんじました。しかし、この時、佼成5月号を印刷して教会長さんからいただいた会長先生のお話を思い出しました。
                    着物を盗んだと泥棒呼ばわりされた善太郎さんは身に覚えがなくても着物の代金を払い草餅のお土産まで持たせたと言うお話を思い出し、思い出せない彼を責めるのはやめよう。
                    責めたところでもう書類はない。彼の上司に弁解するのもやめました。
                    全て仏様にお任せしやましい事は何もないと自分に言いきかせました。これからは書類を渡したら自分のメモにでもサインをもらおうと私も勉強させていただきました。
                    心を冷静に戻す事ができました。
                    会長先生のお話「悠々として心安らかに」

                    今一度感謝しております。

                     

                    滋賀教会 M


                    滋賀教会令和2年5月度釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

                    0

                      滋賀教会令和2年5月度釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

                       

                      日時 令和2年5月15日(金)

                      (収録日 令和2年5月11日(月))

                       

                      滋賀教会では新型コロナウイルス感染拡大防止対策として式典は執り行わず、おことばのみ配信させて頂いております。

                       

                      ●後藤教会長おことば

                      動画約13分50秒(オープニング含むノーカットです)

                       

                      ●当日の板書

                      ( ..)φメモメモ

                       

                       

                       



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